東京地方裁判所 昭和61年(ワ)7998号 判決
原告(反訴被告)
株式会社ベストセラーズ
右代表者代表取締役
岩瀬美津子
右訴訟代理人弁護士
三宅正雄
同
安江邦治
右輔佐人弁理士
津國肇
被告(反訴原告)
株式会社マキノ出版
右代表者代表取締役
牧野武朗
右訴訟代理人弁護士
布井要太郎
主文
一 原告(反訴被告)が別紙第二目録記載の各標章を雑誌中の同目録記載の各該当箇所に使用することにつき、被告(反訴原告)が、別紙第一目録記載の商標権に基づく差止請求権を有しないことを確認する。
二 被告(反訴原告)の反訴請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、被告(反訴原告)の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 本訴
1 請求の趣旨
(一) 主文第一項同旨。
(二) 訴訟費用は被告(反訴原告。以下、単に「被告」という。)の負担とする。
2 請求の趣旨に対する答弁
(一) 原告(反訴被告。以下、単に「原告」という。)の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
二 反訴
1 請求の趣旨
(一) 原告は、別紙第二目録記載の各標章を、雑誌中の同目録記載の各該当箇所に付し、又は右各標章を付した雑誌を譲渡し、引き渡してはならない。
(二) 原告は被告に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和六一年七月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(三) 訴訟費用は原告の負担とする。
(四) 仮執行宣言。
2 請求の趣旨に対する答弁
(一) 主文第二項同旨。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 本訴
1 請求の原因
被告は原告に対し、主文第一項掲記の差止請求権があると主張して争つている。
よつて、原告は、被告の右差止請求権が存在しないことの確認を求める。
2 請求の原因に対する認否
認める。
3 抗弁
(一) 被告は、別紙第一目録記載の商標権(以下、「本件商標権」といい、その商標を「本件登録商標」という。)を有する。
(二) 原告は、別紙第二目録記載の各標章(以下、総称して「原告標章」という。)を昭和六〇年五月二五日を初刊として、隔月一回三〇日発行の雑誌中の同目録記載の該当箇所に付してこれを販売している。
(三) 原告標章は、以下のとおり、本件登録商標と類似している。
(1) 本件登録商標は「特選街」という漢字で構成されているところ、「特選街」の語句は、被告代表取締役の牧野武朗が、従来から存在する「特別に選抜すること、選抜されたもの」を意味する「特選」なる語句と、「大通り、まちすじ、ちまた」を意味する「街」なる語句を結合して、「高級品が陳列されている町並」を連想せしめる、高級品志向の世相にマッチした空想的にしてユニークな語句として創作した新造語である。
したがつて、「特選街」という語句自体が、きわめて特徴的であり、商標として自他商品についての顕著な識別力を有し、商品出所表示機能を顕著に示すものである。
他方、原告標章のうちの「おとなの」の部分は、これに続く「特選街」の部分に対して修飾的に付されたもので、ありふれた平仮名体の構成に過ぎず、単調な音調で発音され、その意味も「成人向き」のものであることを示すものとして理解され、記述的な意味をもつに過ぎず、それ自体では識別力を有しない。
以上によれば、原告標章のうちの「特選街」なる部分を要部として、これと本件登録商標との類否を判断すべきである。
(2) 右の原告標章の要部である「特選街」は、本件登録商標と外観、称呼及び観念のいずれの点においても同一であり、したがつて、原告標章は、本件登録商標と類似しているといわなければならない。
(四) 原告の販売する雑誌は本件商標権の指定商品に該当する。
(五) よつて、原告による原告標章の使用は被告の本件商標権を侵害するものである。
4 抗弁に対する認否
抗弁(一)及び(二)の各事実は認め、同(三)の事実は否認し、同(四)は認め、同(五)は争う。
二 反訴
1 請求の原因
(一) 本訴抗弁(一)ないし(五)と同じ。
(二) 仮に右商標権侵害の主張が認められないとしても、被告は、次のとおり主張する。
(1) 被告は、昭和五四年三月から、訴外株式会社特選街出版と共同で、本件登録商標と基本的構成を同じくする「特選街」の標章を題号とする雑誌を月刊で発行し、その内容は、各種優秀商品の情報を紹介し、広く需要者層の健全な要望に応えるものであつたため、右発行時から昭和六〇年一〇月までの発行部数は累計九九六万七四〇〇部に達し、主要全国紙上等における継続的な広告宣伝の効果と相まつて、継続的にして広範な読者層を有し、原告が原告標章を付した雑誌を発刊した昭和六〇年五月二五日当時には、右「特選街」の標章は雑誌名として全国に知られ、被告の商品表示としていわゆる周知性を獲得していた。
(2) 原、被告は、ともに出版を業とする会社であるが、原告は、前述のとおり、被告の右周知標章と類似する原告標章を付した雑誌を販売しているものであつて、被告は、原告の右商品出所混同行為により、業務上の信用を甚だしく失墜させられ、また、少なくとも商標使用料相当額の損害を被り、その営業上の利益を害されている。
(三) 原告は、前記商標権侵害行為又は不正競争行為に際し、故意又は少なくとも過失があつたから、これらの行為によつて被告が被つた損害を賠償する義務がある。
(四) 原告は、昭和六〇年五月から同六一年六月までの間に、原告標章を付した雑誌を七回発行したが、その全売上高は金八億一六〇〇万円、利益率は二五パーセントを下らず、少なくとも金二億〇四〇〇万円の利益をあげたところ、右利益額が被告の損害額と推定される。被告は、そのうち金五〇〇〇万円を損害として請求する。
(五) よつて、被告は、原告に対し、商標権に基づく原告標章の使用の差止め並びに商標権侵害に基づく損害賠償の一部として金五〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和六一年七月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払と不正競争防止法一条一項一号に基づく原告標章の使用の差止め並びに同法一条の二第一項に基づく損害賠償の一部として右同額の金員の支払とを選択的に求める。
2 請求の原因に対する認否
(一) 本訴抗弁に対する認否(一)ないし(五)と同じ。
(二) 請求の原因(二)及び(三)は否認する。
(三) 同(四)の事実のうち、原告の雑誌発刊の時期、回数は認めるが、その余は否認する。
第三 証拠〈省略〉
理由
第一本訴について
一被告が原告に対し、主文第一項掲記の差止請求権を有する旨主張していることは、訴訟上明らかである。
二抗弁について判断する。
1 本件商標権の帰属に関する抗弁(一)及び原告標章の使用に関する同(二)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。
2 そこで本件登録商標と原告標章との類否を検討する。
(一) 本件登録商標の構成は、別紙第一目録記載のとおりであつて、「特選」という語と「街」という語とが結合したものであり、右商標からは「特に選ばれた商品を陳列した店舗の並び」等の観念を生ずるものと認められる。
しかしながら、これが被告の主張するような被告代表者が創作した造語であることを認めるに足りる証拠はなく、かえつて、成立に争いのない甲第四号証によれば、昭和三六年一〇月一日以前から東京都渋谷区内の「東急文化会館」内に「文化特選街」なる区画が設けられ、これが雑誌に紹介されている事実が認められるのであつて、かかる事実及びその語感にかんがみると、本件登録商標が極めて特徴的な、強度の識別力を有する標章であるとまで認めるには足りない。
(二) 一方、原告標章は、本件登録商標と構成を同じくする「特選街」という語の前に「おとなの」という語を付したものである。
この「おとなの」という語は、「成人向きの」という観念を生じる形容句であつて、次に来る言葉を修飾する語としてその意味を限定するものである。
そして、本件登録商標の指定商品が新聞、雑誌であること、原告標章が雑誌の題号として使用されていること等の事情に徴すると、「おとなの」という語は、原告標章の付された雑誌がいわゆる成人向けの内容であることを想起させ、その意味において、「特選街」という語の意味を強く限定する働きをもつものと認められる。すなわち、雑誌の題号を「おとなの特選街」とすることにより、「特選街」の標章から生ずる前記観念とは大幅に趣を異にする「成人向きに特に選ばれた商品ないし情報が集められたところ」などの観念が生じるのである。
したがつて、本件登録商標と原告標章とは観念において類似しないといわなければならない。
(三) 右(二)で検討したとおり、原告標章中の「おとなの」の部分と「特選街」の部分とはその観念上の結び付きが強いうえ、前記(一)のとおり、「特選街」という語がそれ自体では格別に顕著な特徴ないし識別力を有しているとはいえないこと、また、原告標章は特に長い標章ともいえないことを併せ考えると、原告標章中の「特選街」たる部分のみを要部として取り出し、これと本件登録商標とを対比するのは相当ではないというべきであるから、原告標章は、「おとなの」と「特選街」との二つの部分に分断すべきでなく、全体を一連の標章として理解すべきである。
そこで右の観点から原告標章と本件登録商標とを外観及び称呼について対比すると、まず、外観については、原告標章が、先頭から四文字を平仮名が占める合計七文字の標章であるのに対して、本件登録商標が漢字ばかり三文字からなる商標である点で明らかに異なり、称呼についても、両者とも「トクセンガイ」との称呼を生じる点で共通であるものの、原告標章は、成人向けという観念を連想させる「オトナノ」という音節が最初に出てくる点で異なつている(なお、原告標章が、単に「トクセンガイ」と略称される可能性が高いとは本件全証拠によるも認めることはできない。)。そして、右各相違点は、いずれも取引者又は需要者の注意を特に引く点に関するものということができる。
そうすると、原告標章と本件登録商標とは外観及び称呼においても類似しないというべきである。
(四) 以上に検討したところによれば、原告標章は、本件登録商標と外観、称呼及び観念のいずれにおいても類似しないから、原告標章が本件登録商標に類似するものとはいえず、商品の出所の誤認混同を招来するものとは認められないから、右判断に反する乙第一〇号証、第一四号証はいずれも採用の限りではなく、抗弁は理由がない。
第二反訴について
一商標権に基づく請求については、本訴抗弁に対する判断のとおり、原告標章が本件登録商標に類似するものとは認められない。
二不正競争防止法に基づく請求についても、右一と同様である(ただし、「本件登録商標」とある部分を「『特選街』の標章」と読み替える。)。
第三以上によれば、原告の本訴請求は、理由があるから、これを認容し、被告の反訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官安倉孝弘 裁判官小林正 裁判官若林辰繁)
別紙第一目録
登録番号 第一四七九七七四号
出願日 昭和五二年一一月七日
登録日 昭和五六年九月三〇日
指定商品 第二六類 新聞、雑誌
登録商標 別紙商標公報のとおり
〔商標公報〕